光秀の拠点 築城技術知る手がかり
国の文化審議会が20日に行った答申で、県内では「坂本城跡」(大津市)が史跡に初めて指定されることになったほか、特別史跡「安土城跡」(近江八幡市、東近江市)の船着き場だったとされる護岸が追加指定されることなども決まり、関係者らは喜びに沸いた。(角川哲朗、中村総一郎)
坂本城跡は織田信長配下の武将・明智光秀の居城で延暦寺の監視拠点などとして1571年に築城が開始されたが、存続期間が約15年と短く、長く痕跡が見つからなかったことから「幻の城」とも言われてきた。
答申されたのは1979年度に発掘調査が行われた本丸(約8800平方メートル)と、2023年度に遺構が確認された三の丸(約3000平方メートル)。指定されると、大津市内の国史跡指定は16件目で、城郭としては初となる。
1979年度に実施された発掘調査で本丸の建物礎石などの遺構と大量の瓦などを確認。2023年度の調査では長さ30メートルを超える石垣を有する堀や建物の礎石、24年度も石垣に沿うように外堀の遺構などが確認され、市は三の丸の遺構であると判断、今年2月に県を通じて文部科学相に意見具申を行っていた。
文化庁は答申の中で坂本城跡について「琵琶湖を通じた京への流通拠点に築城された政治的、軍事的、経済的に重要な城跡」とし、本丸の礎石建物跡や三の丸の石垣が良好に残っていることから、「織豊系城郭の立地や構造、築城技術などを知る上で重要な城跡」と評価した。
答申を受け、大津市の佐藤健司市長は20日、記者会見を開き、「坂本城跡という貴重な文化財を私たちの世代の責任においてしっかりと後世に残す礎ができたことでホッとしている」と喜び、「パンフレットの作成や出土遺物の保存や展示など、市内外の方に坂本城の価値や歴史的な意義を広く知っていただく取り組みを行いたい」とした。
今後については「坂本城跡は陸上だけでなく、(今後も)琵琶湖に遺跡が見つかる可能性を秘めており、改めて県に水中遺跡の調査について要望を検討したい」とした。
安土城跡 初の追加指定 「舟入」の護岸
安土城跡については、1952年に特別史跡に指定されている。今回、初の追加指定として、荷の積み下ろしなどをした船着き場「
舟入は安土城跡から南西へ約500メートルにあり、「外堀」と呼ばれる五反田川と、琵琶湖へ注ぐ安土川に通じており、安土城の築城が始まった1576年頃には舟入として利用されていたと考えられるという。水路は指定されていたが、護岸が新たに指定される。
藤兵衛浜は入り江のようになっていて、長さ約80メートル、幅約25~10メートル。岸には高さ約1・5メートル~約30センチの石垣がある。使われた石の大半は、この一帯で採石された「湖東流紋岩」だといい、割って加工した石もあった。
近江八幡市によると、築城期の記録には残っていないが、江戸時代中頃(1695年)の絵図に描かれ、地元に伝わる屋号から、「藤兵衛浜」と呼ばれている。舟の停泊や方向転換にも使われ、1960年代頃まで利用された。
市文化振興課の山田美咲技師は「藤兵衛浜周辺の石垣の保全が長年の課題だった。追加指定によって保全できる環境が整った」と話す。