東近江市が調査本格化
老朽化で一部崩落
東近江市は今年度から、布引丘陵に造られた、戦時中に戦闘機を隠したり、米軍の攻撃から守ったりするための軍事用格納施設「

掩体は太平洋戦争末期、本土決戦に備えて全国で造られた。東近江市では、沖野ヶ原一帯に旧陸軍八日市飛行場があり、駐屯していた部隊の航空機を隠したとされる。
市のこれまでの調査では、飛行場の南側、布引丘陵の裾野で、さまざまな規模の17基が見つかっている。約2キロ・メートルの範囲に大きく3か所に分かれて並び、屋根のようなドーム型の覆いがコンクリートで造られたものが2基あり、そのほかは土製などだった。
市はコンクリート製掩体のうち、まずは遊歩道沿いにある「4号掩体」(最大幅約36メートル、奥行き約22メートル、間口24メートル)を詳しく測量する。構造や老朽化の程度、コンクリート部の強度なども調べる。関連経費として80万円を今年度予算に計上した。もう1基については来年度にも調査をする。
調査を担当する杉浦隆支・市埋蔵文化財センター所長は「貴重な戦争遺跡である掩体を保存するための調査。老朽化し、一部で崩落も進んでおり、どういう方法で保存ができるのかを検討したい」と話す。
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今回は、市教育委員会が実施した2007~09年以来の調査となる。市は17年に策定した東近江市歴史文化基本構想で、掩体群を「陸軍八日市飛行場と近代化遺産」に位置づけ、保存・活用に取り組むとしていた。
市によると、全国で約100基超のコンクリート製掩体が残っており、県内では唯一、市に現存する。近隣では、大阪府八尾市、三重県鈴鹿市に残っているという。
前回の調査を担当し、布引掩体群に詳しい嶋田直人・市博物館振興課長は「陸軍八日市飛行場があったことを示す痕跡でもある」と重要性を説き、「地権者の高齢化も進んでおり、当時の体験や記憶とともに掩体の調査を急ぐ必要がある」と指摘している。