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弥生期の大型建物跡

弥生期の大型建物跡

野洲中畑・古里遺跡 

 野洲市妙光寺の「中畑・古里遺跡」から、約2000年前の弥生時代中期末~同時代後期初頭の大型掘立柱建物跡が見つかった、と県文化財保護協会が発表した。 祭祀さいし に利用されたとみられ、守山市などの「伊勢遺跡」(国史跡)で見つかった弥生時代後期の大型建物につながる可能性がある。弥生時代の建物としては、県内では最古で最大規模という。(斎藤孔成)

弥生期の大型建物跡
三上山(奥)の近くで大型掘立柱建物の柱穴が確認された発掘現場(1日、野洲市で)

 商業施設の開発事業に伴い、昨年12月から調査。調査面積9400平方メートルのうち、協会が担当する3900平方メートルの調査区から発掘された。

 大型掘立柱建物の母屋にあたる部分の柱穴は、北東から南西方向に約18メートルにわたって6か所ずつ、約7メートルの幅で2列に並んでいた。さらに南西側にも柱穴が確認されたが、これは広縁が付随する構造だったことなどが考えられるとした。

■伊勢遺跡と類似

 母屋の柱穴は、短軸が約1~1・5メートル、長軸が約1・5~2・5メートルの 楕円だえん 形。穴の底は建物の外側から内側に向けて下り勾配の傾斜があるものが大半で、最深部は地表から約70~90センチだった。協会は、柱を引き起こす際にこの傾斜を利用したとみている。こうした構造は、伊勢遺跡の弥生時代後期の建物跡にもみられるという。

底部に傾斜がみられた柱穴
底部に傾斜がみられた柱穴

 今回の調査では、柱など木質の遺物は見つからなかったが、柱の直径は40~50センチ程度だったと推測。柱穴からは土器片が見つかった。

柱穴から出土した土器片
柱穴から出土した土器片

 この大型掘立柱建物は、一般的な集落居住域から離れた場所に立地。近くの沼沢地とみられる 窪地くぼち からは、祭祀などで使われたと考えられる大型の壺の土器片が多く出土したほか、三上山を間近に見ることができる場所にあり、協会は「建物は三上山を 遥拝ようはい するためのもので、この場所は聖域的な空間だった」とみている。

 伊勢遺跡の大型建物より時代が遡ることや、北東約2キロには計24個の 銅鐸どうたく が出土した大岩山遺跡があることから、協会は「今回の大型掘立柱建物は、『伊勢型』の大型建物の原型となるもので、集落での祭祀のあり方や、弥生時代の社会の発展過程を考える上できわめて重要な発見」としている。

 奈良県立橿原考古学研究所の森岡秀人・特別指導研究員は「伊勢遺跡で多く確認された伊勢型の大型建物の源流は、三上山や大岩山遺跡に近い中畑・古里遺跡にあったのではないか。近畿北部が躍動し始める時期に該当し、新しい歴史的ステージに立ったことが如実にわかる物証が姿を現したと言っても過言ではない」としている。

 現地説明会は6日午後1時半から。問い合わせは同協会(077・548・9780)。

中期末~後期初頭 三上山遥拝の聖域か 

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[紹介元] YOMIURI ONLINE 弥生期の大型建物跡

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