
阪神大震災を契機に県の防災ヘリコプターが導入されて今年で30年を迎えた。山岳での遭難事故や琵琶湖の水難事案などに出動して850人以上を助け、東日本大震災などにも派遣されてきた。空からの急行は人命救助の「最後のとりで」とされており、運航する防災航空隊は「この先30年も安全運航で活動を続けたい」としている。(田中志歩)
上空30メートルのヘリからワイヤを伝ってさっそうと降りてきた救助隊員が、座り込んでいる女性に駆け寄ると、ハーネスを装着して、ホバリングする機体に引き上げた。8月下旬、ローター(回転翼)の音が響く大阪航空日野ヘリポート(日野町北脇)で行われた救助訓練。同隊の黒島和司隊長(50)は「現場の状況は刻一刻と変化している。ヘリの場所や傾きを一定に保つにも技術が必要になる。求められるのは、速やかな救助だ」と気を引き締めていた。
防災ヘリは、阪神大震災で道路寸断や救急の広域連携が課題となったことがきっかけで、全国的に導入が進み、県では1996年4月に運航を開始した。初代の「淡海」の引退に伴い、2012年1月からは2代目の「琵琶」が運用されている。通称で「ドーファン」と呼ばれるヘリ(定員14人)で、全長13・68メートル、巡航速度は時速286キロ。拠点となる同ヘリポートから県全域を20分以内でカバーする。
この30年で約1960件の災害出動を行い、01年5月、安土町(現・近江八幡市)などにまたがる 繖 山の山林火災では、3日間で計286回の散水活動を実施した。東日本大震災では、発生当日の3月11日から18日間、機体の 被曝 状態を確認しながら、救助や上空偵察、物資搬送などを行った。
現在の体制は、県内の各消防本部から集まった隊員8人がシフトを組み、日没まで現場に駆けつけている。操縦士は、委託先の大阪航空(大阪府八尾市)が担っている。
隊員(34)は、東近江行政組合消防本部から派遣されて2年目。中学時代、農作業中に事故に巻き込まれた祖父を隊員が懸命に救助する様子を目の当たりにし、消防士を志したという。隊員は「ワイヤから落ちるかもしれない、といった怖さと常に向き合う仕事だが、やりがいがある。命を守るため、できる限りのことをしたい」と語った。
県によると、防災ヘリによる救助活動は昨年、52件にのぼった。山岳救助がうち41件と全体の約8割を占め、火災6件、水難救助4件などと続いた。
山岳救助の内訳は、転倒・滑落が16件、道迷いが10件、行方不明と急病がそれぞれ4件などだった。
県内では、鈴鹿山脈や伊吹山など、標高がそれほど高くない山が琵琶湖を囲んでいる。登山の初心者らが軽装で臨み、遭難につながるケースが少なくないという。黒島隊長は「道に迷ったら引き返すなど、無理をせず楽しんでもらいたい」と話している。
出典:読売新聞オンライン